その前に、世界のエネルギー源の内訳を見てみましょう。IEA(International Energy Agency)によると、全世界で1年間で消費されるエネルギーは約14万テラ・ワット・アワー(TWh)です。その内、化石燃料は11万TWhを超えて、84%を占めます。石油がトップで全エネルギー消費の35%にもなります。なるほど世界は石油の利権を争って戦争までするわけです。原子力は現在のところ約6%です。
出所:IEA
さて、それぞれのエネルギー源がどれぐらいの犠牲者の上に成り立っているのか計算してみましょう。石炭などは採掘でおびただしい数の人が死にます。たとえば、中国では毎年数千人が石炭の採掘で死ぬようです。メキシコ湾の石油流出事故を見ても、石油もかなり危険なことがわかります。当然ですが、天然ガスの採掘作業も危険です。また石油をめぐる戦争でもたくさんの人が死にます。しかし、驚くことかもしれませんが、以上のような犠牲者の数は計算しなくてもいいんです。なぜかというと、大気汚染で世界中で300万人以上の人が毎年死ぬからです。そして大気汚染のほとんどは化石燃料を燃やすことによって起こります。中国の炭鉱夫の数千人や、戦争で死ぬ人は、大気汚染での死者数に比べれば無視で きるほど小さい数だからです。
ざっくりと化石燃料を1TWh使うと何人死ぬのか計算してみましょう。300万人を11.6万TWhで割ると、約25人になります。化石燃料でも、石炭が圧倒的に危険で、次いで石油、そして一番安全なのが天然ガスなのですが、ここではひと括りに化石燃料としておきましょう。石炭は危険ですが、もっとも安価なエネルギー源でもあるので、世界の発電所で広く使われています。
石油産業や自動車産業は非常に強い政治力を持っているので、あまり大気汚染のことがマスコミ等で語られることはありませんが、健康被害の明確な科学的証拠がほとんどない低放射線と違い、大気汚染の人体への影響は明確です。たとえば中国では石炭火力で80%ほど発電していて、毎年50万人ほどが亡くなるといわれています。ま� �石炭というのは放射性物質をかなり出します。福島原発の事故のあと、外資系金融業界では多くの従業員が香港オフィスに一時退避しましたが、原発事故の後に上昇した東京の大気放射線量は毎時0.07マイクロ・シーベルトですが、香港は普段から毎時0.14マイクロ・シーベルトです。これは中国大陸の石炭火力発電所の影響だといわれています。
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下の図は、大気汚染の研究で非常に有名になった論文のグラフですが、化石燃料を燃やしてできる二酸化硫黄の濃度と死者数が非常にきれいに相関しています。10年後、20年後に癌の発生率がわずかに上昇するかもしれないという放射線の健康被害に対して、大気汚染は喘息の発作などで大気中の汚染濃度が上昇すればすぐに死亡者が増えるのが印象的ですね。もちろん発癌性の物質も多数含まれているので、長期的な健康被害も低放射線と比べ物になりませんが。この論文が書かれた当時は、大気汚染によってロンドンでは数千人が毎月死亡していたようです。日本でも四日市ぜんそくなどは有名ですね。そして大事なことは、そういった有名な� �害だけでなく、今でも多くの方が毎年亡くなっているということです。発展途上国の方が大気汚染は深刻ですが、日本やアメリカのような先進国でも大気汚染の犠牲者は交通事故の犠牲者を上回ります。イギリスでは毎年5万人ほどが大気汚染で死亡しています。アメリカでも10万人ほどが毎年大気汚染で死亡し、その内の3割は石炭火力が原因だといわれています。日本は過去数十年の間に肺癌の患者が急増しています。
出所: 国立環境研究所
次に原子力の死亡者数を考えてみましょう。過去の原子力発電の事故で多数の死者が出たのはチェルノブイリだけです。福島原発の事故でも統計的には多少の人が将来癌で亡くなるかもしれません。東海村の臨界事故など世界の核燃料施設で死者がポツポツ出ていますが、これらは数が少なすぎて今回の計算では無視できるほど小さいでしょう。チェルノブイリ原発事故では、当時WHOとIAEAの調査で将来4000人ほどの人が癌で亡くなるだろうと予想されました。しかし20年後の国際連合の包括的な再調査では「それよりはるかに少ない人しか死ななかった」と報告しています。
また、ウランの採掘でどれだけたくさんの人が死ぬのか見積もらなければいけません。ウランというのは石炭などの採掘と違って、人が掘ら� ��にISL法といってポンプで汲み上げるだけなので、ほとんど人が死にません。また核燃料は石炭などの化学的な燃料と違ってエネルギー密度が桁外れなので、そもそも掘り出す量が石炭の200分の1程度ですみます。よってウランの採掘の死者数というのは非常に少ないです。
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石炭の採掘では毎年1万人ぐらい死ぬといわれているので、ここはウンと多めに見積もって、ウランの採掘でも被曝による癌などの影響で毎年100人ぐらい死ぬとしましょう。チェルノブイリもウンと多めに見積もって1万人ぐらい死んだとしましょう。原発の歴史はすでに50年ぐらいあるので、1年間に直すと200人ぐらいです。すると原子力は採掘と事故で毎年約300人の人が死ぬことになります。これを1TWh当たりにすると、300人÷8,300TWh=0.04人になります。これは相当に多めに見積もった数字です。
石油も石炭も天然ガスも、もちろんプラントの事故によって亡くなる方もいるのですが、原子力のように計算に含めませんでした。なぜ含めなかったかという� ��、大気汚染の被害者が多すぎるので、プラント事故や採掘作業の事故による死者数は計算上は無視できるほど小さくなるからです。ところが原子力は、事故が起こらなければ死者がでないので、事故の死者数や採掘による死者数を注意深く見積もる必要があるのです。
水力や風力や、いま注目を集めているソーラーはどうでしょうか。水力は工事も危険ですが、決壊事故で時に膨大な数の人がなくなります。1975年の板橋・石漫灘ダム決壊では17万人ほどの人が犠牲になりました。エネルギー関連の事故の死者数のランキングでは、ダムの事故が上位を独占しています。家の近くに発電所が建設されるとしたら、原発よりダムの方に反対したほうがいいかと思います。
風力やソーラーはかなり優秀です。風力発電は事故での死者数 はほぼゼロと考えていいでしょう。しかし鉄とコンクリートを使うので、これらの材料を生産するための犠牲者を考えないといけません。原発も、鉄やコンクリートを使うし工事でも事故があると思いますが、エネルギー密度が風力に比べて桁外れに高いので、1TWh発電するのに必要な工事の数が桁外れに少なく、工事に伴う死者数は原発では無視できるほど小さくなるのです。また、原発の工事の死者数はチェルノブイリの犠牲者の数に比べて計算上無視できるほど小さいと考えても大丈夫でしょう。
ソーラーは風力よりやや危険です。というのも屋根に取り付ける時に転落事故が起こるからです。工事現場での死因の1位が転落事故です。ソーラーの死者数は転落事故の発生頻度から推計できます。ソーラーの材料のシリコンは採掘� ��危険が伴わないので、この分はゼロと考えても大丈夫でしょう。ちなみに全エネルギーのうち、風力の占める割合は1%程度で、ソーラーの占める割合は0.1%未満です。
以上のようなことを計算している研究者の方がいて、ここではそれらの数字を使いましょう。水力は約1.4人/TWh、風力は約0.15人/TWh、ソーラーは約0.6人/TWh程度です。
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出所:金融日記
こうやって見ると、原子力は化石燃料に比べて圧倒的に犠牲者数が少ないですね。僕自身は、割とナイーブに人の命は何よりも重いと考えています。飛行機も電車も、確かに動かせば人が死にますが、僕はそれは正当化できると思います。なぜならば飛行機や電車による経済的な発展により救われる命は、事故の犠牲者の数に比べてはるかに多いと思うからです。ひとり当たりのGDPと平均寿命には強い正の相関があります。テロリストと交渉しないというのも理解できます。テロリストの要求を呑んで、その場で人質が解放されたとしても、それでテロリストが増長すればさらに多くの人が犠牲になると思うからです。個人的には、自� �車ぐらいになってくると、交通事故や大気汚染による死亡者数の多さが、経済的な便益を上回ってくるように感じています。だから自家用車は禁止した方がいいと思っています。人の命の観点から、僕自身は原子力はかなり理想的なエネルギーだと思っています。そして化石燃料は最悪だと思っています。
実は、今までの計算では、CO2の排出による将来の気候変動のリスクが全く考慮されていません。長期的に見たときの化石燃料の危険さは、これまでの計算をはるかに上回る可能性があるのです。
しかし世の中には人の命を軽んじる方が割とたくさんいます。たとえば東日本大震災で多くの発電所が被災してしまったため、このままではこの夏の電力供給が足りません。そうすると熱中症や、病院での停電などでかなり多くの� ��が死亡してしまうことが予想できます。実際に、3月の計画停電では、自家発電機による一酸化炭素中毒で数人の方が亡くなりました。ところが反核運動家の方々は、柏崎の定期点検中の原発の再稼働に執拗に反対しているようです。なるほど確かに熱中症で亡くなる方は老人のような弱い方が多いので、社会保障費が膨れ上がっている日本の財政を立て直すには経済的な合理性もあります。反核運動家の方はそこを狙っているのでしょう。
また風力やソーラーは、過去20年間ほどあれだけ世界中から莫大な補助金が注がれたにも関わらず、現在世界のエネルギー供給の1%ほどしかありません。風力やソーラーというのは、いわば補助金ビジネスなので、福島原発の事故に乗じて原発の再稼働を阻止すれば、より多くの補助金が引き出せるかもしれません。国が配れる補助金の総額は一定なので、風力やソーラーに回る補助金は、他の分野のお金が削られているのです。原発の再稼働ができなければ、増えるのは風力やソーラーではありません。増えるのは化石燃料の消費です。つまりもっと人が死ぬのです。また、シビア・アクシデントが起きた場合に周囲の土地が失われてしまうのは原子力発電の大きな欠点ですが、エネルギー密 度が原子力や火力に比べて圧倒的に小さい、風力や太陽光、地熱などで発電をしようと思えば、原発の事故で失われた土地とは比べられないほどの膨大な土地が必要な点も留意しておく必要があるでしょう。
僕は、風力やソーラーのような再生可能エネルギーの研究開発や個人での投資は大いにやればいいと思っています。しかしより多くの補助金を引き出すために、原発を止めて、結果的に多くの人を殺すことには賛成しかねます。確かにビジネスは非情です。僕には想像もつかないことですが、政治と深く関わる石油産業や通信産業のような巨額の利権が動く世界では、それが合法的なら―時には非合法でも―多くの人が死ぬようなこともやらないといけないのかもしれません。それぐらいの冷酷さがないと、このような業界では 偉くなれないのかもしれませんね。人間とは業の深い生き物です。
参考資料
Key World Energy Statistics, IEA
Air pollution, WHO
Coal Mining, Wikepedia
香港:大気中の放射線量、福島第一原発に近い東京より多い、Bloomberg
大気汚染による死亡者数は交通事故の3倍、WorldWatch Japan
大気汚染が深刻な香港・マカオ・中国南部、死者数は年間1万人、AFP
UK air pollution causes 50,000 early deaths a year, say MPs, John Vidal, Guardian
主な部位別がん死亡率の推移、社会実情データ図鑑
Why Fukushima made me stop worrying and love nuclear power, George Monbiot, Guardian
大気汚染の健康影響研究、国立環境研究所
In Situ Leach (ISL) Mining of Uranium, World Nuclear Association
Chernobyl: the true scale of the accident, WHO
Urban air pollution 'more dangerous than Chernobyl,' Ian Sample, Guardian
発電所関連事故ワースト5とチェルノブイリを比べてみた、Gizmodo
Deaths per TWH by energy source, NextBigFuture
Wind power, Wikepedia
Solar power, Wikepedia
Wind Energy Basics: A Guide to Home-and Community-Scale Wind Energy Systems, Paul Gipe
Economic Analysis of Various Options of Electricity Generation - Taking into Account Health and Environmental Effects, Nils Starfelt, Carl-Erik Wikdahl
今こそ原子力の時代を復活させるべきだ、フィナンシャル・タイムズ
日本国政府の放射線安全基準の決め方、金融日記
Catalogue of Risks Extended and Updates", B.L Cohen and I.S. Lee, Health Physics
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